×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

The Music of the night

エドマンド・デュラック 「眠る女」(エドガー・アラン・ポーの詩より)
Edmund Dulac, The Sleeper (Edgar Allan Poe's poem).


ファントム
あらゆる感性をとぎすませ 高みへと昇りゆく夜
闇は想像力を刺激し 目覚めさせる
感覚は密やかに その鎧をぬぎ捨てる

ゆっくりと やさしく 夜は眩い輝きを放つ
それを掴み 感じるのだ
傷つきやすく 脆いものを
顔を背けるのだ けばけばしい陽の光から
心を背けるのだ 冷たく無情な光から
そして耳を傾けておくれ この夜の調べに

瞳を閉じて 身をゆだねるがいい
もっとも暗い夢の中へと
追放するのだ 今までの人生を
瞳を閉じて 魂を飛翔させるがいい
そうすれば 未知の人生がひらけてくる

ゆっくりと たくみに 音楽はお前を愛撫するだろう
それを聴き 感じるのだ
密やかに 音楽はお前を虜にする
心を開いて 空想を解き放つのだ
抗うことの出来ない この暗闇の中で
夜の調べに満ちた この暗闇の中で

心を旅立たせるのだ 見知らぬ新しい世界へ
捨て去るのだ 今までの世界を
魂の求めるがままに 進んで行くがいい
そしてようやく お前は私のものになる

浮かんでは 沈む この甘美なる陶酔!
私に触れ 私を信じるのだ
あらゆる感覚を 味わうのだ
夢の中に 解き放つのだ
お前の心の闇を ゆだねるのだ
私の創り出した音楽の力を
夜の調べの持つ力を

ただ一人 お前だけが 私の音楽を羽ばたかせてくれる
私の創り出す夜の調べに お前のの力を貸してほしい




 この曲で、舞台版と映画版は歌詞が微妙に違います。
 まずこの曲「ミュージック・オブ・ザ・ナイト(The Music of the night)」のは、舞台版では、“I have brought you to the seat of sweet music's throne... (私はお前を連れてきた 甘美なる音楽の玉座に) ”で始まるのに対し、映画版ではこの部分は、「オペラ座の怪人The Phantom of The Opera)」のラストに持っていき、この歌詞の少し後の「Night time sharpens, heightens each sensation(あらゆる感性をとぎすませ 高みへと昇りゆく夜)」から始まっています。
 この「The Music of the night」という歌の始まりを、「Night」という言葉で始まらせたかったのでしょうか。

 そしてこの曲では、舞台版と歌詞が違う一語があります。「ゆっくりと たくみに 音楽はお前を愛撫するだろう(Softly, deftly, music shall caress you)の“caress”の部分です。舞台版では、“Softly, deftly, music shall surround you ....(ゆっくりと たくみに 音楽はお前を包み込んでいくだろう)”なのです。“surround(取囲む)”を、“caress(愛撫する 抱擁する)”に変えたことによって、その後の歌詞もすべてエロティックさを増して、聞こえてきます。性的ニュアンスを仄めかすだけの舞台版と、はっきりと示した映画版のどちらが好きかは、個人によるでしょう。
 「Think of me」で、清楚でプラトニックな恋を歌った少女に、ファントムはエロティックな部分を教えています。恋愛ではなく音楽で。
 これだけエロティックな歌を歌いながら、闇は少女に実際には触れず、夢の中だけで翻弄するに留まっています。少女が歌う唇に、本当に触れるのは、光の方でした。そして「Think of me(私を想って)」と昔の想いを取り戻すように歌い、「恋」という言霊、好きな相手に自分の方に「来い」と呼びかけたのは、クリスティーヌの方でした。

 ソプラノの声質は、大別してレジェロ、リリコ、ドラマティコの三つに分けられます。レジェロが軽い声で、リリコは中間で叙情的で可憐なな声、ドラマティコが重く劇的な力強い声です。映画版クリスティーヌのエミー・ロッサムはリリック・ソプラノ(ソプラノ=リリコ)、CD化されているOriginal 1986 London Cast版のサラ・ブライトマンはドラマティック・ソプラノ(ソプラノ=ドラマティコ)でしょうか。
 オペラの中で大役を演じるには、ドラマティック・ソプラノの方が有利ですが、まだ声が定まらない17歳のクリスティーヌはどちらのソプラノ歌手になったのでしょうか。私のイメージとしては現在は少女らしいリリックで、このまま成長すれば叙情的でありながら、素晴らしいドラマティック・ソプラノになったような気がします。でも、闇の歌を、天使のようなリリック・ソプラノが歌うのもまた美しいと、闇の作曲家が天使のような声のために曲を作るのも美しいと思います。
 モーツzルトの『魔笛』の「夜の女王のアリア」は完全にドラマティコ向きですが、ファントムが同タイトルで作曲したら、どんなものができたのでしょうか。