絵画:アーサー・ラッカム 「ケンジントン公園のピーター・パン」46
Arthur Rackham, "Peter Pan in Kensington Gardens" 46
MIDI:シューマン 『子供の情景』より 「トロイメライ」
Robert Schumann, 'Träumerei' from "Kinderzenen".
おはなし46
メイミーは無我夢中で走り続けました。オメカシ広場 (The Figs) に駆け込んで眠ってしまっても、夢の中でまだ走っていました。
けれど嬉しいことに、妖精たちはもうメイミーをひどい目に合わせようなどとは考えていませんでした。ブラウニーが女王にメイミーの命乞いをし、メイミーと友だちになったこと、舞踏会に出る勇気をくれたことを説明し、妖精たちは感動してしまったのです。そして小さな人間に万歳三唱すると、彼女を探しに行きました。
雪の上についた足跡でメイミーを見つけると、彼女はオメカシ広場で、雪にすっぽり埋まっているメイミーを見つけました。メイミーはぐっすり眠っていています。仕方なくお礼の儀式だけでもしようと考え、女王さまとの結婚で新しい王さまとなった侍従長がメイミーの体の上に立って、長い歓迎の辞を読みましたが、眠っているメイミーにはただの一言も聞こえません。それどころか積もる雪に、凍え死んでしまいそうです。
メイミーを雪のかからない場所へ運ぼうと考えましたが、重くて運べませんでした。その時、キューピッドたちが素晴らしいことを思いつきました。
「この子のまわりに家を建てようよ!」
何百人の妖精たちが建てた家はメイミーの体にぴったりの、みごとなできばえでした。妖精たちは水道や庭まで作ったのです。とても美しい家でした。
ぐっすり眠っているメイミーは、いつものように自分の家で眠っている気持ちになっていました。そしていつものように起き上がると、屋根に頭がぶつかりました。そして押すと、その屋根が箱のように開き、目の前には雪のケンジントン公園が広がっていました。
メイミーは昨日の冒険を思い出しました。そして屋根から外に出ると、自分が一晩を過ごした家を眺めました。メイミーはすっかりこの家に魅了されました。
「かわいいお家!すてきなお家!だいすきよ!」
けれど家は人間の声を聞いて驚いてしまったのでしょうか。それとも役目を終えたことが分かったのでしょうか。メイミーの目の前で、どんどん小さくなっていってしまったのです。
「わたしのかわいい、だいすきなお家!なくなっちゃいや!」
けれど小さくなったお家は消えてしまい、メイミーは泣き出しました。
その時、優しい声がしました。
「泣かないでね。小さい人間さん。泣かないでね」
振り返ると、はだかの小さなきれいな男の子が、自分をなつかしそうなまなざしで見ていました。
ピーター・パンでした。
メイミーとピーター・パンはすぐに仲良しになりました。ピーター・パンは自分がケンジントン公園で、普通の人間の男の子のように遊んでいることを得意げに話しました。たとえば輪廻しの輪を舟にして、池に浮かべる遊びですが、メイミーはすっかり驚き、あきれてしまいました。
「あなたのあそび方、ぜんぶへんてこりんだわ。ふつうの男の子のあそび方とぜんぜんちがうわ」
ピーターはこれを聞いて泣き出しました。
メイミーはかわいそうになってハンカチを貸してあげました。けれどピーターはそれをどうしたら良いのか分かりませんでした。だからメイミーは自分の目をふいてお手本をしめし、「さあ、今度は自分でやってみて」と、もう一度ピーターにハンカチを渡してあげました。するとピーターは自分の目をふくかわりに、メイミーの目をふいてあげました。メイミーはだまって、されるがままになっていました。
ピーターがかわいそうでしかたがないので、メイミーは言いました。
「よかったらキスしてあげるわ」
でもピーターは、キスがどんなものかとっくに忘れていました。
だから「ありがとう」と言って手を差し出しました。何かくれるのかと思ったのです。
これにはメイミーもびっくりしましたが、説明などしてピーターに恥をかかせたくなかったので、たまたまポケットに入っていた指ぬきをピーターの手に渡してあげました。
ピーターはそれからずっと今日までこの指ぬきをはめています。メイミーの言葉通り、これがキスというものだと信じて。
ピーターは「ツグミの巣号」に乗って島と公園の間を行き来していることをメイミーに話しました。
「すごいわ。えいゆうなのね!」
メイミーは感動して叫びました。でもピーターは「英雄」なんて言葉を知りませんでした。だからメイミーに軽蔑されたのかと思いました。
「でもトニーならこんなことしないよね」
「しないわ。きっとこわがるわよ」
「こわがるって、なに?」
ピーターは「こわがる」ということが、きっと素晴らしいことだと思いました。
「どうやったら、こわがれるの?ねえ、おしえてよ」
「あなたには、こわがるなんてことのいみ、とても分かりっこないわ」
メイミーは賛嘆を込めて言ったのに、ピーターはその言葉も理解できなくて言いました。
「ぼくもトニーみたいに勇気のある子になりたいなあ」
メイミーはじれったくなりました。
「あなたはトニーの2ばいも、ゆうきがあるわ。わたしが知っている男の子の子の中で一番ゆうかんよ」
ピーターは嬉しくて、メイミーの言っていることが信じられませんでした。
「だから、あなたがどうしてもって言うなら、わたしにキスしてもいいわよ」
メイミーがそう言うと、ピーターはしぶしぶ指ぬきを指からはずそうとしました。
「ちがうわ。キスじゃないのよ」
メイミーは慌てて言いました。
「“指ぬき”のことよ」
「それ、なに?」と、ピーターは聞きました。
「こうやることよ」
メイミーはピーターにキスをしてあげました。
「ぼくもきみに“指ぬき”をあげたいな」
ピーターは真面目な顔でそう言うと、メイミーにキスをしてあげました。
ピーターはとても楽しい考えを思いつきました。
「メイミー、ぼくと結婚して」
不思議なことでしたが、まさに同じ時に、同じ考えがメイミーに思い浮かんだのです。
「いいわよ。でも、あなたのボートに2人ものれるかしら?」
「ぴったりくっつけばだいじょうぶだよ!」
こうして2人は、蛇形池(サーペンタイン Serpentine)へと向かいました。ところが蛇形池に近付いた時、メイミーはかすかに震えました。
「もちろん、わたし、しょっちゅうお母さんに会いに行くつもりよ。なんどもね。お母さんとこのまま、えいきゅうにさよならするわけじゃないものね。そうでしょ?」
「もちろんさ」とピーターは答えましたが、本当は「永久のさよなら」に近いことを知っていました。でもそう言えなかったのは、大好きなメイミーを失ってしまうかもしれないと思ったからでした。
池につくとメイミーは舟の可愛らしさに感激し、叫び声をあげました。でも乗る前にもう一度言いました。
「ピーター、いつでもかえりたい時に、わたしはお母さんのところに、かえれるわね?」
「うん。もし、いつでもきみのお母さんが、きみをまっていてくれるならね」
「わたしのお母さんは、いつだってわたしをまっていてくれるわ」
メイミーは舟に乗りました。ピーターは懸命になって舟を押し出そうとしましたが、大きな溜息をついて、岸に飛び移ると、雪の上に座り込んでしまいました。
「ピーター、どうしたの?」
「メイミー、もしきみがまだ家にかえれるって思ってるんなら、ぼくはきみをつれていっちゃいけないんだ。きみはお母さんってものが分かってないんだ」
そしてピーターは、自分が閉めだされたはなしをしました。メイミーは息を呑んで聞いていましたが、「でもわたしのお母さんは…」と言いました。
「わたしのお母さんに限って…」
そう言いながらも、メイミーは泣きはじめました。
その時、耳障りなギイギイという音が、あちこちでしました。ピーターはその音が何の音か知っていました。公園の門の開く音です。ピーターは舟に飛び乗りました。
「もし、もうまにあわなかったら…」
メイミーは泣きながら言いました。ピーターはもう一度、岸に飛び移りました。
「ぼく、今夜もきみをここにさがしにくるよ」
そしてメイミーにぴったりとくっつきました。そしてメイミーに最後の“指ぬき”をしました。
「でも、いそいで行けば、きっとまにあうよ」
昨夜の妖精の結婚式のように、メイミーはピーターの腕の中に飛び込みました。
「大好きなピーター!」
そしてピーターに背を向けると、門へと遠ざかってしまいました。
ピーターはその夜、「しめだし時間」の鐘がなるとすぐに、公園にやってきました。でもメイミーの姿は見えませんでした。
ピーターは分かりました。メイミーは間に合ったのだと。
メイミーは二度と戻ってきませんでした。でももう一度行きたいと、ピーターに会いたいと思っていたのです。でも今度はばあやがしっかり見張っていました。
メイミーは復活祭の時、お母さんやトニーと相談して、大切なヤギのおもちゃをピーターにあげました。
ピーターが来そうな場所に、“このヤギを妖精に本物にしてもらってね”と手紙を置いて。
ピーターは手紙を見つけました。そして妖精にヤギを本物変えてもらうと、毎晩それに乗って、公園をまわりながら、美しい笛の音を響かせました。
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