Track Down This Murderer 1

カイ・ニールセン 「青い山の姫君」(『太陽の東・月の西』より)
Kay Nielsen: The Three Princesses in the Blue Mountain (East of the Sun, West of the Moon).



Mob
Track down this murderer
He must be found

PHANTOM
Hounded out by everyone!
Met with hatred everywhere!
No kind word from anyone!
No compassion anywhere!
Christine,
Why, why ...?



GIRY

Your hand at the level of your eyes!

RAOUL
Your hand at the level of your eyes

Mob
... at the level of your eyes ...

GIRY
This is as far as I dare go

RAOUL
Thank you



CHRISTINE
Have you gorged yourself at last
in your lust for blood?
Am I now to be prey
to your lust for flesh?


PHANTOM
That fate, which condemns me
to wallow in blood
Has also denied me
the joys of the flesh ...
This face, the infection
which poisons our love ...

(He lakes the bridal veil from the dummy,
and moves slowIy towards her)


This face, which earned
a mother's fear and loathing
A mask, my first unfeeling scrap of clothing

(He places the veil on her head)

Pity comes too late
Turn around and face your fate
An eternity of this
before your eyes!


CHRISTINE
This haunted face
holds no horror for me now ...
It's in your soul
that the true distortion lies ...


(The Phantom suddenly senses Raoul's presence.
Behind the portcullis, Raoul climbs out of the water)


PHANTOM
Wait! I think, my dear,
we have a guest!

CHRISTINE
Raoul!

PHANTOM
Sir, this is indeed
an unparalleled delight!
I had rather hoped
that you would come
And now my wish comes true
You have truly made my night!


CHRISTINE
Let me go!

RAOUL
Free her!
Do what you like
only free her!
Have you no pity?

PHANTOM
Your lover makes a passionate plea!

CHRISTINE
Please, Raoul, it’s useless ...

RAOUL
I love her!
Does that mean nothing?
I love her!
Show some compassion

PHANTOM
The world showed no compassion to me!

RAOUL
Christine ...
Christine ...
(to Phantom)
Let me see her

PHANTOM
Be my guest, sir ...

(He gestures, and the fence rises. Raoul enters)

Monsieur, I bid you welcome
Did you think that I would harm her?
Why would I make her pay
for the sins which are yours?

(So saying, he takes the Punjab lasso and,
before Raoul has a chance to move,
catches him by the neck.
The end of the rope,
of which the Phantom has let go,
remains magically suspended in mid-air)


Order your fine horses now!
Raise up your hand to the
level of your eyes!
Nothing can save you now,
except perhaps Christine ...

(to Christine)
Start a new life with me
Buy his freedom with your love!
Refuse me, and you send
your lover to his death!
This is the choice,
This is the point of no return!


ジェニー・ハーバー 「眠れる森の美女」
Jennie Harbour, Sleeping Beauty, 1921.



追っ手
人殺しを追いかけろ!
探し出せ!

ファントム
誰もが 私を追い立てる!
どこへ行こうと 憎まれる!
誰も 優しい言葉をかけてくれない!
どこへ行こうと 憐れみを受けたことなどない!

クリスティーヌ…
なぜ? なぜなのだ…?


ジリー

手を目の高さまで上げてください!

ラウル
…目の高さまで…

追っ手
手を目の高さまで上げておけ!

ジリー
ここから先へは 私は行くことができません

ラウル
ありがとう



クリスティーヌ
これで あなたの血に飢えた欲望は
満たされましたか?
私は あなたの欲情を満たす
餌食になるのですか?

ファントム
流血の喜びにふけるよう宣告された
この運命は
私を肉体の悦びから 閉め出した
この醜い顔は
私達の愛まで毒してしまう伝染病のようだ…

(ファントムは人形から花嫁のベールを取り、
ゆっくりと、クリスティーヌに近付く)


この顔を 母親ですら
恐れ 忌み嫌った
仮面こそ
私が 最初に着せられた
無慈悲な衣服なのだ

(
ファントムはヴェールを クリスティーヌの頭に乗せる)

憐れみなど もう遅すぎる
自分の運命と向き合うのだ
目の前にある この顔から
永遠に逃れられぬ運命と!

クリスティーヌ
この苦しみにゆがんだ顔を
私は もう少しも恐ろしくない
本当にゆがんでいるのは
あなたの魂ですもの

(ファントムはふいに ラウルの気配を感じる。
落とし格子の後ろから ラウルが水からはい上がる


ファントム
待て! クリスティーヌ
どうやら 客人がみえたようだ!

クリスティーヌ
ラウル!

ファントム
子爵 これはなんと
たとえようもない喜びだ!
私は あなたがここにいらっしゃることを
心より望んでいましたよ
そして 私の望みは叶えられた!
あなたのおかげで 私の夜は完璧なものとなった!

クリスティーヌ
放してください!

ラウル
クリスティーヌを放せ!
なんでもお前の好きにするがいい
ただ 彼女だけは放してくれ!
お前には憐れみの心ががないのか?

ファントム
お前の恋人が 情熱的に訴えているぞ!

クリスティーヌ
やめて ラウル 無駄だわ

ラウル
僕は彼女を愛している!
それは お前にとって無意味なことなのか?
彼女を愛しているんだ!
憐れみの心はないのか?

ファントム
この世界は私に
一度も 憐れみを見せたことはなかったぞ!


ラウル
クリスティーヌ…
クリスティーヌ…
(ファントムに)
彼女に会わせてくれ

ファントム
どうぞお入りを 子爵

(ファントムのジェスチャーで 格子戸は上がる。
ラウルが入ってくる)


ムッシュー あなたを歓迎しよう!
あなたは 私が彼女を傷つけるとでも思ったのか?
だが なぜ
彼女に罪を償わせねばならないのでしょうか?
罪はすべて… あなたが犯したというのに!

(そう言いながら ファントムはパンジャブの輪を取り出し
ラウルが動くよりも前に 彼の首を捕らえてしまう。
ファントムはロープから手を放しているが
ロープの端は 魔法のように中空に浮き上がる)


さあ 今こそ”とびきりの馬車”を呼んだらどうだ!
手を目の高さまで上げておけ!
もう あなたを救えるものは誰もいない
クリスティーヌ以外はね…

(クリスティーヌに)
私と共に 新しい人生を始めるのだ
お前の愛で 彼の自由を買え!
私を拒めば お前は
恋人を死へ送ることになるぞ
さあ 選択の時だ
”もう引き返すことはできない”
ここがその場所だ!



ギュスターヴ・ドレ 『大鴉』(ポーの詩より)
Gustave Doré: The raven (Edgar Allan Poe's poem).



RAOUL
Little Lotte, let her mind wonder.
Little Lotte thought,
"Am I fonder of dolls or of goblins or of shoes?"
(小さなロッテは思いをめぐらせていました…
小さなロッテは考えました
「私の好きなものはお人形かしら
それともゴブリン(小鬼)かしら? 靴かしら?」)

 (中略)

RAOUL
As we read to each other,dark stories of the north
(僕達は北欧の怖い物語を一緒に読んだね)


CHRISTINE
No,
"What I loved best,"
Lottie Said,
"was when I'm asleep in my bed."

And the angel of music sings songs in my head
(「違うわ 私が一番好きなのはね」
小さなロッテは言いました
「ベッドで眠っている時に 私の頭の中で
音楽の天使が 歌を歌ってくれる時!」)


 「Little Lotte」の中のラウルとクリスティーヌの会話です。
 このページに飾ったカイ・ニールセンの描いた「青い山の姫君」は、北欧の民話物語集『太陽の東・月の西』の中の一編の挿絵です。「青い山の姫君」は、恐ろしい魔のトロルにさらわれた三人の姫君を、一人の兵士が救う物語です。
 クリスティーヌとラウルの読んだ、北欧の怖い物語とは、『太陽の東・月の西』の中の物語ではなかったのではないでしょうか。目の前にいるファントムは、遠い昔読んだ物語の悪夢のようだと、この時、囚われの身の二人は思ったかもしれません。
 「青い山の姫君」で、本当に恐ろしいのは、姫君たちを予言のままにさらい、大切にもてなしたトロルより、姫君を救った兵士を裏切った、仲間の大尉と中尉の浅ましい心なのですが。


 愛され方も愛し方も知らないファントム。
 深い知識と才能に溢れても、一片の愛さえ、人から貰えなかった。けれどファントムにとって、何よりの心のより所であった音楽こそ、愛と信仰の中から生まれたもの。誰も聴くことのない彼の音楽を聴き、共感し、歌ってくれたのはクリスティーヌだけでした。けれど、愛し方も愛され方も知らない。奪うことだけでしか。

 恋愛なんて、とても愚かなもの。始まりに理由なんてない。ただ見つめていたい、見つめていたい…と、何度もそれだけを思い、それだけでいいと思いながら、最後には見つめてほしいと願ってしまう。
 中には、出会った瞬間から、「見つめたい」「見つめてほしい」とお互いにこだましまう場合もある。理由なんてなく、時間も関係なく。

 「見つめてほしい」と思う顔を持たず、それでも「見つめてほしい」と願ってしまう心。


「ただ一つの愛を 一度きりの人生を 共に分かち合うと」
 クリスティーヌとラウルの歌う愛の歌「All I Ask of you」の歌詞は、ファントムの「The Music of the night」の美しくも官能的な歌詞に比べると、あまりにも単純で、他愛なくて、それでいて何より幸せです。


CHRISTINE
Order your fine horses
Be with them at the door
(とびきりの馬車を呼んで 出口で待っていて)

 「All I Ask of you」の中で、嬉しそうにラウルに言っていたクリスティーヌ。ファントムが、ラウルを罠にかけた時、このことをしつこく覚えていたのが、笑えながらも悲しい…。しかもクリスティーヌが言ったことなのに、ラウルに八つ当たりしています。

PHANTOM
Order your fine horses now!
(さあ 今こそ”とびきりの馬車”を呼んだらどうだ!)

 「盗み聞きしていたのか!」「とびきりなのは、あなたの嫉妬心です」などと言ったら、パンジャブの輪が一挙に引き上げられてしまいますが…。


 この「Track Down This Murderer(追跡)」という曲の前半部分では、“face(顔)”と“fate(運命)”という、韻を含んだ言葉が繰り返され、味わいを出しています。



 トロルの城は青い国
 いまは無人の青い城
 遠い遠いこの世の果てには
 青い国が
 さあ いまもあるかも知れません
 坊ちゃま方 嬢さま方
 おやすみなされ おねむりなされ
 良い夢みなされ さめれば朝
 あしたの夜には またばあやが
 新しい話を聞かせましょうほどに

            (『太陽の東・月の西』より 「青い山の姫君」 岸田理生訳 新書館)