アーサー・ラッカム 「クリスマス・キャロル」11
MIDI:ベートーヴェン 交響曲第5番 「運命」 第三楽章

Arthur Rackham, "A Christmas Carol"11.
MIDI : L.v.Beethoven, Symphony No.5 in C-, Op.67, 3rd Mvt.


おはなし11

 未来の精霊は今度はロンドンの場末の、一目見ただけで柄の悪い場所へとスクルージを連れていきました。貧しさと犯罪の巣窟のようなこの場所の奥深い場所に、一軒の店があり、様々なくずを売っていました。
 この店に重たそうな荷物を持った女が入っていきました。そのすぐ後に、また同じような荷物を持った別の女が入っていき、その後から色のさめた黒服の男が入っていきました。どうやら三人は知り合いのようで、それぞれ店主のじいさんに売るくずを持ってきたようです。こんな場所ですから、持ってきた物も出所があやしいようです。
「どうってことないさ。死んだ後もとっておきたいなら、生きているうちに人並みの暮らしをすりゃ良かったのさ。そうすりゃ、誰かにみとってもらえたものをさ」
「ああ、死んだやつは気にしないさ」
 そう会話しながら、まず黒服の男がカフスボタンや筆箱、印鑑などを出しました。じいさんは一つ一つ吟味し、値をつけます。今度は二番目に着た女が、衣類や靴を出し、同じように値段をつけらました。
 そして今度は最初に来た女が、包みを広げました。
「おい、これはベッドのカーテンじゃないか。お前は死人のベッドからこれを持ってきたんじゃないだろうな」
「そのまさかさ。そうして何が悪い?」
「お前さん、大金持ちになれる天才だよ!それから、これはあいつの毛布かい?」
「他の誰のだって言うんだい?もうあいつは毛布なんかなくたって風邪はひかないからね」

「精霊様、分かりました。分かりましたよ」
 見ていたスクルージは、全身わなわなと震えながら言いました。
「私もこの哀れな男と同じ運命をたどるところだと仰りたいのでしょう?うわっ、これはなんです?」
 スクルージのすぐ目の前にベッドが現れたのです。カーテンもないベッドで、ぼろのシーツにくるまれたものが横たわっていました。身ぐるみはがされ、一人ぼっち。見守るものもなく、泣くものもなく、その男の死体は横たわっていました。
 スクルージはこの哀れな男を見て、この男は今生き返ったら何を考えるのだろうと思いました。金儲けのことか、取引のことか?その挙句、たいした末路を迎えたものだ。

 精霊とスクルージは街中を歩き始め、スクルージの事務所の前も通りかかりました。スクルージは自分の姿が見えるかと覗き込みましたが、そこには別な人間がいました。そして精霊はなおも歩き続け、行き着いたところは、なんと墓地でした。
 精霊いくつもの墓をぬって進み、一つの墓の前で立ち止まりました。
「精霊様、あなたが示されている墓を見る前に、一つだけ教えてください。今見ている幻は、将来必ず起こることですか?それとも起こるかもしれないことですか?」
 精霊は依然何も言わず、身動きさえしませんでした。スクルージは震えながら、その指の示すものを見ました。
 誰にも世話されず、ほったらかしの墓石に刻まれている文字はこうでした。

 エビニーザ・スクルージ

「あのベッドに横たわっていたのは、この私だったのか!」
 スクルージはへなへなと崩れ落ちた後、精霊にすがりつきました。
「お願いです!精霊様!私は生まれ変わります。私に何の望みもないのなら、どうしてこんなものを見せてくれたのですか?」
 精霊はスクルージの手を払いのけました。
 スクルージは最後の祈りを捧げるつもりで両手を組んで差し上げると、精霊はだんだんと縮まっていき、崩れ、気がつくとベッドの柱になっていました。