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                        絵画:アーサー・ラッカム 「ケンジントン公園のピーター・パン」33
 Arthur Rackham, "Peter Pan in Kensington Gardens" 33
 
 MIDI:メンデルスゾーン 「歌の翼に」
 F.Mendelssohn Auf Fluegeln des Gesanges.
 
 
  
 
  おはなし33
 
 
 
                          
                            
                              | 妖精たちは恩知らずではなかったので、舞踏会で素敵な演奏をしてくれるピーターに、ピーターが心から望むことをかなえてあげようと約束しました。 舞踏会のあと、女王さまがピーターの望みをお聞きになりました。ピーターは自分が何を望んでいるか分からなくて、長い間ためらった後「ぼくがお母さんのところに帰りたいと言ったら、かなえてくださいますか?」と言いました。
 女王さまを始め妖精たちは、すばらしいオーケストラのピーターがいなくなっては困ってしまうので、女王さまはこうおっしゃいました。
 「まあ、くだらない!もっと大きな願いを言いなさい!」
 「じゃ、今のはとっても小さな願いなんですか?」
 ピーターは言いました。
 「それなら、大きい願い一つの代わりに、小さな望みを二つかなえてください」
 妖精たちはピーターの利口さに驚き、しぶしぶながら承知しました。
 第一の小さな願いはお母さんのところへ帰ること、第二の願いはしばらく考えてからということになりました。
 
 女王さまはおっしゃいました。
 「お前の家へ飛んで帰る力はあげましょう。でも、家のドアを開けてあげることはできませんよ」
 ピーターは胸をはって答えました。
 「ぼくが飛んで出たあの窓が開いているはずです。ぼくがまた帰ってくるかもしれないと思って、お母さんはいつも開けたままにしているんです」
 「どうしてそんなことがわかるの?」と、みんなはびっくりしてたずねました。ピーターもなぜ分かるのか説明できませんでした。
 「とにかく分かるんです」
 
 ピーター・パンがどうしてもと言い張るので、妖精たちはピーターの願いを叶えてあげるしかありませんでした。そしてこんな方法でピーターに飛ぶ力をつけてくれました。
 妖精たちみんながピーターの肩のところをくすぐります。するとまもなく、くすぐられたあたりがむずむずしてきて、たちまちピーターの体は高く昇っていったのです。
 
 やがて公園を出て、町並みの方へと飛んでいきました。
 窓はピーターが思っていた通り開いていました。そしてはばたきながらピーターが入っていくと、お母さんが眠っていました。
 お母さんはとてもきれいな人でした。でも悲しそうな表情をしていて、一方の腕がまるで何かを抱きよせたいかのように動きましたが、ピーターにはそれが何を抱きよせたいのか分かっていました。
 ピーターは、どんなに小さな声でも自分が「お母さん」と呼ぶだけで、お母さんが目を覚ますことは分かっていました。そしてしっかりピーターを抱きしめてくれることも。
 
 それなのにピーターはベッドのわきで、お母さんを見つめながら、ずっとだまったままでいました。心はお母さんのところへもどろうってきめていたのです。でもピーターは窓の方も眺めてしまいました。公園ですごした日々はとてもすてきでしたから。
 その時、お母さんがふと目を覚まし、世界中のどんな言葉よりも一番愛しい言葉というように「ピーター」と呼びました。
 その時ピーターは床にすわりこんで、息をころしていました。
 どうしてぼくが来たことが分かったんだろう? もう一度呼んで。そうしたらとんでいくから。
 でもまたお母さんは何も言わず、眠ってしまいました。その顔は涙でぬれていました。
 
 「あともう一度だけ、ぼくのボートに乗りたいんだ」
 ピーターは眠っているお母さんにおねだりするみたいに話しかけました。
 「この冒険のこと、鳥たちに話してみたいんだ。きっとすてきだろうなあ」
 そしてまじめな顔で言いました。。
 「ぼく、かならず帰ってくるからね。必ずだよ」
 
 そしてピーターはまた公園へと戻ってしまいました。
 ピーターが二度目の願いごとを言うのは、お母さんに会いに行ってから何日も、何ヶ月もたってしまいました。
 たくさんやりたい最後のこと、それにお別れのあいさつをしたい相手もたくさんいました。
 このような理由のほかに、もう一つ都合のよい理由がありました。お母さんはいつまでもピーターをしんぼう強く待っていてくれるのだから、急ぐ必要はどこにもない、ということでした。
 
 けれどこのもう一つの理由は、カラスのソロモンじいさんには気にいりませんでした。ソロモンじいさんは鳥たちの怠け心をいさめるために立派な標語を作っていたのです。
 “今日うむたまごを明日にのばすな”
 “この世にチャンスは一度しかない”
 
 けれどある日とうとうピーターは、二度目の願いを妖精たちに言いました。
 「ぼく、お母さんのところへ帰りたい。そしてもうずっとそこにいるようにしたいんだ」
 
 ピーターはお母さんが泣いている夢を見たのです。
 もう寄り道なんてしないよ、そう心に決めて、また妖精たちに肩をくすぐってもらうと、自分を待っているはずの窓にまっしぐらに飛んでいきました。
 
 ところが、窓は閉まっていました。
 その上、鉄の柵までついていました。中をのぞき込むと、お母さんがべつの坊やを抱いて、ぐっすりと眠っていました。
 「お母さん!お母さん!」
 ピーターはさけびましたが聞こえません。小さな手と足で柵をたたいてみましたが無駄でした。
 ピーターにできること、それは泣きじゃくりながら、公園に帰ることだけでした。
 
 それ以来、ピーターは二度と大好きなお母さんに会っていません。
 かわいそうなピーター!今度こそ、お母さんのすばらしい子どもになるつもりでいたのに。
 
 人はみんな、大きな間違いをした後、次は同じ間違いをおかさないようにしようと思います。でも、ソロモンじいさんの標語は正しかったのです。
 人間にとって、たいてい二度目のチャンスなんてありはしない。
 やっと窓にたどりついた時には、「しめだし時間」になっているのです。鉄の柵は冷たく閉じて、私たちは人生から締め出されてしまうのです。
 
 
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  絵画:メイベル・ルーシー・アトウェル 『ピーター・パンとウェンディ』(1921)より
 Mabel Lucie Attwell, Peter Pan and Wendy, 1921.
 
 
 
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