アーサー・ラッカム 「クリスマス・キャロル」1
MIDI:チャイコフスキー 『くるみ割り人形』 第一幕 幕開きの曲

Arthur Rackham, "A Christmas Carol" 1.
MIDI : Pyotr Ilich Tchaikovsky, The Nutcracker, ACT I, Scene1,



おはなし1

 19世紀半ばのロンドンに、“スクルージ・アンド・マーレイ商会”という会社がありました。経営者はその名の通り、スクルージとマーレイという二人の男でしたが、マーレーは7年前に死に、今はスクルージ一人が経営していました。スクルージは、ごうつくばりの心の冷たい老人で、人からしぼりとるだけしぼりとり、といって貯めこんだ金で何をするでもなく、一人で質素な生活を送っていました。
 クリスマス・イブ、ロンドンのどこもかしこも、クリスマスを祝う陽気な声で溢れていました。スクルージ・アンド・マーレイ商会をのぞいて。

 スクールージの事務室のドアは、大きく開け放たれていました。その向こうの陰気くさい小部屋、というよりも一種の監房で、手紙を清書している事務員を見張るためでした。スクルージの部屋にもわずかな火しかたいていませんでしたが、事務員の部屋はそれよりもずっと小さくて、石炭のひとかけら分しかないようでした。そこで事務員は、部屋でも白いマフラーをしていました。
 そこへ、ほがらかな声がしました。
「おじさん、クリスマス、おめでとう!神様のお恵みがありますように!」
 スクルージの甥でした。その明るい声に、スクルージは鼻を鳴らしました。
「ふん、くだらん!貧乏人のくせに、何がおめでとうだ。クリスマスってうものはな、金もないのに勘定をはらう時だぞ」
「おじさん、お金などなくても、いいことやめでたいはたくさんあるものですよ。クリスマスがその一つです。キリスト様がお生まれになった日ということを別としても、ぼくは、めでたい、いい日だと思っているんです。人に親切にしてやる日、許してやる日、恵みを与える日、楽しい一日。クリスマスのおかげで、ぼくのポケットに金貨や銀貨が入るわけじゃないけれど、これまでも、これからも、めでたい、いい1日だと思っているんです。だから言うんです。クリスマス、おめでとう!って」
 監房の中の事務員は、思わず拍手してしまいましたが、自分の不始末に気付き、それをごまかすように、炉の火を棒でつついたものですから、今にも消えそうだった火を消してしまったのです。
「もう一度手をたたいてみろ。お前は職をなくして、クリスマスを過ごすことになるぞ!」
 事務員を怒鳴りつけたスクルージに、甥は言いました。
「まあ、おじさん、怒らないで。それより明日、うちへ食事に来てください」
 ところがスクルージは、そんなところに行くくらいなら、地獄に行くほうがましさと、にべもなくはねつけました。
「おじさんがこんなに頑固なのは残念です。良いクリスマスをお迎えください」
「とっとと帰れ」
「それから良い年も!」
「とっとと帰れ!」

 その後に、今度は二人の紳士が入ってきました。見るからに、気持ちのいい、恰幅のいい紳士たちでした。
「スクルージさん、おめだたい時節ですから、貧しい人に、ささやかな施しをするというのは、ひじょうに望ましいと思っているのですが、いかがでしょうか?」
「監獄はないのかね」と、スクルージはたずねました。
「たくさんございますとも」
「救貧院は、まだ機能しているのかね?」
「もちろん機能しておりますが、そこへ行けない人もいます。また行くなら、死んだ方がましと思っている人もたくさんいます」
「死んだ方がましと思うなら、さっさと死んで、余分な人工を減らしてくれりゃいいんだ。わしには関係ないことだ。さあ、お帰りください」
 これ以上言っても無駄だと分かった紳士達は帰っていきました。